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のぶしなのこと

2017.5.10

村のこと

思う気持ち

先日、椎名誠さんがのぶしなにお越し下さって、その顛末記が、サンデー毎日の連載に掲載されたことはブログで紹介した通り。その記事のコピーをカンパニーに置いて、誰でも見られるようにした。

ふと気がつくと、一人の方がテーブルに突っ伏しておられた。寝ている様子にも見えたその背中から顔をのぞくと、それは近夫さん。

ご自身が載っている記事を、テーブルの上に顔と腕を乗せ、しばし表情を変えずに読んでいた。まるで子供が捕まえたばかりの虫を、虫かごの外からその挙動をじっくりと眺めるように。

80もいくばくか過ぎた近夫さんの純粋な気持ちと、その姿に言葉にならない思いになった。
本人にとってはさもないことであったのだろう。他の人からみても、ただ住民が、村が紹介された文章を読んでいるだけのように見えたに過ぎなかったのだろう。

しかし、僕が80を過ぎた時に、自分が住んでいる場所の記事をこんなにも食い入るように読むことができるだろうか。村に対しての思入れが違うとか、そういう話ではない。そんな次元の話ではなくて、もっと根底にある、その人の全てに対する姿勢のような〝何か〟が現れていたに違いない、そんな気がした。

思いは強い。思うことの継続とその思念の強さ。

きっと、近夫さんは思い続けていたに違いない。今の未来図を、そうなって欲しいという想像をずっと強く思っていたに違いない。

今、のぶしなはとても賑わっていて、それは一過性のものではなく、人と人がしっかりと繋がって新しいものが生まれています。

次はバトンを受け継いだ世代が、強い思いでこの場所の未来図を描く番です。

そして、未来には、おそらく載ることであろう信級がイキイキとしている姿が掲載された雑誌を、僕も食い入るように読んでいたいと思います。